ギャル式綴方教育

S U P E R G A L

綴方教育(2)

綴方教育(2)

  最近JUMADIBAの新しいミックステープ『上り』をよく聞いている。この作品に収録されている『UP』という曲に「Rooftopで読む手塚治虫」というリリックがある。このリリックを聞く度に、では私はどんな漫画を屋上で読みたいだろうか、と思案する。
 大抵は某Lで始まってOで終わる雑誌に掲載されているような作家たちの名前が思い浮かぶのだが、青空のもと誰もいない屋上でロリエロマンガを読むというのはどんな感覚なのだろうか。エロマンガというものは基本人目のつくところや屋外で読むものではないが、誰もいない屋上でエロマンガを読むという行為はどうだろう。誰の目につく訳でもないが、空に近い場所は、普段エロマンガを読んでいる暗く湿った自室とは真逆であり、ある種の解放感と、同時に罪悪感を植え付けてくるように思われる。
 話が逸れたが、冒頭でJUMADIBAの話をしたように普段私はHIPHOPをよく聞いている。HIPHOPと一口に言っても多様な派生ジャンルが存在するため、もっと明確にするべきだろうが、その幅広さゆえに記述することが難しいため、ひとまずHIPHOPとしておく。
 と言っても私は音楽全般については全くと言っていいほど詳しくなく、HIPHOP以外に聞く音楽と言ったらアニソンくらいのものなのだが、なぜ私がHIPHOPを聞いているのだろうと考えると、まず時代的な要因は必ずあると思われる。しかし私がHIPHOPを知ったきっかけは少々特異だった。
 私は2001年生まれで、来月22になるのだが、私が中学時代を過ごした2014〜2016年の3年間はいわゆる「バトルブーム」の最盛期と完全に合致している。今や伝説となったUMB2014の開催、高校生ラップ選手権の流行、そしてフリースタイルダンジョンの放送開始とHIPHOPやラップに触れる窓口となるようなコンテンツが増え、私もその流れに巻き込まれたことは間違いない。しかし私が最初にHIPHOPに触れたのは全く別の場所だった。
 中学1年の当時、私は「東方Project」というコンテンツにハマっていた。このコンテンツは原作が同人ゲーム(シューティング)なのだが、それ以上に二次創作が盛んに行われていることで有名なコンテンツである。それにしてもこの時私が「東方」にハマっていなければ今のような同人誌を大量に買い込んでは悦に入っているようなオタクにならなかったのではないかと思うと現在への影響は計り知れない。
 さて、そのように「東方」にハマっていた当時私が盛んに聞いていた音楽といえば、「東方」の原作ゲームのBGMとして使われている「原曲」とそれをアレンジしてボーカルを入れた「東方アレンジ」だった。ある日いつものように東方アレンジを漁っていると、HIPHOP調にアレンジされた東方のBGMにラップを乗せた東方アレンジがYouTubeに流れてきた。そしてさらに関連を漁ると、般若の『やっちゃった』を東方で替え歌したものを見つけた。これが私のHIPHOP、というかラップとの出会いだった(調べたらまだあった。これです→ https://youtu.be/lCtXqqxBn2g)
 その後は前述の通りバトルブームの影響でバトルを少し見たり日本語ラップの古典的な作品や流行っていたKOHHらを聞いたりしていたがイマイチピンと来ず、中学時代全体を通して一応HIPHOPに触れていたとはいえ、その表層を撫でただけで中学を卒業した。
 本格的に(?)のめり込む転機が訪れたのは中学を卒業した2017年だった。この年、私はこの年全日制の高校を1ヶ月で中退した上勉強も何もせず毎日家に引きこもってひたすらアニメを見、マンガを読み、声優ラジオを聞くというような生活を送っていた。こうして書くとどこか鬱屈とした雰囲気があるが、当時の私は常に何かしらの苦痛や不安を伴っていた中学時代の引きこもり期間や親と揉めていた高校に通うという面倒事からようやく解放された気でおり、将来に対する不安など微塵もなく、全く無為だが楽しい生活を送っていた。
 ようやくバトルブームも落ち着き始めたこの年「ラップスタア誕生!」の開始やSEEDA主催のYouTubeチャンネル「ニートTokyo」の開設などシーンの目線がバトルから曲へ徐々にスライドしていくような動きを見せていた。そんなシーンの動きをそこまで興味を持てないながらも追っていた私は「サウンドクラウドラップ」が日本で流行り始めていることを知る。
 それ以前にも日本に「ニコラップ」などのいわゆる「ネットラップ」なるものが存在し、私もその存在は知っていたが、soundcloudという世界的なプラットフォームで楽曲を発信し、ネットから有名になるというフォーマットが定着し始めたのはおそらくこの頃であり、「サンクラ」で楽曲を配信しているラッパーの曲を少しずつ聴き始めた。
 サンクラにはもともとニコニコ動画に楽曲を投稿していた釈迦坊主やsleet mageなど元々「ネットラップ」というひとつのジャンルで括られていた人々や前述ラップスタアにも出演していたTohjiなどのサンクラ文化そのものに影響を受けてラップを始めたラッパーなどそのルーツは多岐に渡っていた。他にはKiD NATHAN(現TYOSiN)やJin dogg などサンクラと密接に繋がっている「Trap metal」というジャンルを輸入するような形で取り入れたラッパーの存在も大きかった。この年に注目を浴びたXXXTENTACIONの『Look at me!』に代表されるTrap metalだが、このジャンルは日本におけるオタク文化からの影響が強く、「trash 新 ドラゴン」や「デーモンastari」などに代表されるTrap metal系のYouTubeチャンネルではアニメの動画を切り貼りする形で作られた「AMV」と呼ばれるものが公開されており、かなりの再生回数を得ている。そしてこれらのチャンネルは日本のサンクラにおけるシーンにも目を向けており、釈迦坊主やTYOSiNのMVを公開するなど日本のラッパーの海外進出にも一役買っている。特にこのTrap metalというシーンにおけるTYOSiNの躍進は凄まじく、海外のラッパーやバンドとの共演、さらに2019年にはOriginal god やkamiyadaといったTrap metalの代表的なアーティストたちが所属するクルー「Midnight Society」への参加など海外のアンダーグラウンドなシーンにおいて一定の評価を得ている。Jin doggは今となっては日本有数の売れ線のラッパーだが、当時はTrap metalのアンダーグラウンド的な作風に大きく影響を受けており、深夜の大阪日本橋の「オタロード」(西日本最大のオタク街)を舞台に撮影された『the break』(https://youtu.be/jNIXKjZzMIE)のMVは私にとって大きな衝撃だった。hookでハードコアバンドNunchakuの『都部ふぶく』における「意味なく酒飲み暴れてた/強けりゃいいと思ってた/ムカつくヤツらを待ち伏せした/外道に目の色変えていた/お巡り見つかり逃げ回った/あの時はそれで楽しかった/あの時の自分が好きだった/今の自分はもっと好き」というフレーズをカバーしながら、深夜のオタク街を背にシャウトする彼の姿はその激しいリリックとともに私の脳裏に焼き付いた。
 そしてこの年はサンクラにおけるジャンルのひとつ「エモラップ」の代表的なラッパー、lil peepが21歳の若さで亡くなった年でもある。彼の影響は生前から大きかったが、今思うと彼の死はその後のエモラップブームを長引かせる要因のひとつとなったのだと思う。
 私も例に漏れずlil peepを聞いていたが、Trap metalの激しいサウンドの方が私には合っており、海外だと$uicide boy$やGhostemaneなどの方を好んで聞いていた。それでも未だに私が完全に歌うことの出来る洋楽がlil peep×lil tracy『witchblades』(https://youtu.be/E7sP6t1QyrI)のみであることを考えると、私の音楽への造詣の浅さとともに彼の曲からの影響がなんだかんだで大きかったということがわかる。
 また、アジアのアーティストが世界から積極的にフォーカスされ出したというのも大きいだろうか。2015年の『It G Ma』が世界的に大きく話題を呼んだKeith ape やhigher brothers、Rich Brian、Jojiが所属するアジアのアーティスト集団「88rising」を知ったのもこの頃で、特にKeith apeは前述のTENTACIONやその友人のSki Mask The Slump Godと共演したりTrap Metal的な要素を多く持っていたので好きだった(一昨年辺りに余命数ヶ月であることを公表し騒がれていたが激痩せしつつもなんだかんだ生きてるようで安心である)。
  なんだかんだこの年はHIPHOPにおけるこういった文化を知ったおかげでそれまでより色々な曲を聞く事が出来たたもののあまりのめり込むというより今までと同じようにただ流行に流されるまま表層を撫でていた感じだが、どこかそれまでとは違う「ハマる」感覚に近いものを感じられた2017年という年は私にとって特別だった。
  おそらくこれらの文化、アーティストに対して今までと違った感覚が得られたのは私のルーツにかなり近いものを感じられたからだと思う。私はHIPHOPにおいてよく触れられる「フッド」的な感覚を持ってない。それは私の生まれ育った故郷が山に囲まれた糞田舎でコンビニひとつないような場所だからというのは勿論、そこで形成される社会にすら馴染めず引きこもり生活を長々続けていたためだろう。基本ずっとカーテンを閉め切った自室に篭っており、たまに窓の外を見ても緑、緑、緑で世界や社会というものと隔絶された生活を送っていたわけである。そんな生活を送り続けていたからか私には「フッド」的な感覚は形成されず、ただそこには山に囲まれた実家とそこに篭っている自分が存在しているだけだった。
 そんな感覚に近いものがサンクラからは感じられた。実際前述のTohjiは実質的なフッドを持たないために幼きころ行っていたショッピングモールを自ら、そして世界にちらばる彼の同胞たちの出自として「Mall boyz」を結成したのだし、それは彼のリリックにも色濃く現れている。
「並びお隣の顔も知らない/ニュータウンyeahビリビリ耳鳴る日々」
「生まれや育ちしがらみとけないSurburban/世界中どこでも同じ/感覚共有する初めての世代」——Tohji『flu feat.Fuji Taito』(https://youtu.be/yif68xb5rSs)
 このようなTohjiの姿勢は彼が(あるいは私が)ただインターネットネイティブであるという以上に彼の特定の「フッド」的な感覚の無さゆえに自らのルーツを新たに作り出すような姿勢として現れている。そしてこのような姿勢は実際多くのサンクラのラッパーにとって共通であり、そのような感覚が私にしっくりきたのだと思う。
 そして何より私にとってのHIPHOPとの出会い、オタク文化というルーツがサンクラにおいては大きく肯定され、取り入れられていることが大きい。フッドに対する姿勢に似たようなものかもしれないが、サンクラ的な無境界性においては様々なルーツ、すなわちどのような国で、どのような環境、ゲットーだろうが自室のPCの前だろうがなんでも肯定されており、そこにオタク文化が滑り込むことは容易だったというか当然のことだったと思う。
 そんなわけで私が16歳だった2017という年に出会った諸々は私にとってとても刺激的で共感できるものであった。ここから5.6年ほど経ちその間にも様々なアーティストや曲を知った。この数年間に私の聞く曲のジャンルや幅は広がりシーンの変化の影響も受けつつ趣味も当時からは当然変わったりしているが、それでもこの頃に受けた影響というか根本的なところは変わっていないように思われる。というのも今でも私がフッドを欠いたインターネットの中を放浪するオタクであり、やはりそこから抜け出すことはこれからもないと言えるからである。昨年には私の最も好きなラッパーのひとりであるkamuiの『YC2.5』がリリースされた。このアルバムはkamuiのファーストアルバム「Yandel City」のサイバーパンク的な世界観を引き継いでおり、つまりここでkamuiが語り続ける物語は虚構でありそこでのkamuiのフッドとは虚構の荒廃した街「ヤンデルシティ」なわけである。
 虚構の世界を舞台にしながらも「この世界の色を塗り替える/出来ないなんて思ったことはねえぜ」(『疾風』)と叫ぶkamuiの目線は現実に向かっている。このフレーズを聞く度に私は私の通ってきた道を振り返っているような感覚を覚える。フッドを欠いた私が拠り所にしたインターネットとそれを介して現実に向き合うという姿勢に近いものが感じられて胸が熱くなるのだ。そしてkamuiの持つ世界観というのは一貫してこのようであり、このアルバムはそのkamuiのキャリアの集大成と言える作品であった。私がkamuiをなかむらみなみとのユニットであるTENG GANG STARR時代から4年以上追い続けていた理由というか、彼の作る曲にある種特別な情熱をかけて聞いていた意味がこの作品でようやく明確になった気がした。
 このようにして私がラップに出会ったきっかけやハマったきっかけを回顧してみると、かなり時代的、環境的な要因によって形作られたものだったのだと気づく。ここまで時代や環境に左右されていることもそうそうないのではないかと思うが、何か特定の趣味について回顧してみると意外と大抵そんなもんなのかもしれない。
 ちなみに2017年、ヒマすぎた私は大量のアニメを見ていたと思うのだが、今思い返してみるとかなりの豊作だったようだ。まず私の好きな日常系アニメだと『ひなこのーと』や『ブレンド・S』、うまるちゃんNEW GAME!!の2期、てーきゅうの9期など今では考えられないほどの日常系アニメが放送されていた(というかこの辺りが最後の輝きという気もする)。その中でも個人的にダークホース(?)的な存在だったのが『このはな綺譚』だった。この作品は日常系特有のほのぼの感に加えて独特の「エモさ」を持っており、日常系においてほのぼの感となかなか両立しづらい雰囲気を纏った作品は後にも先にも無く、印象深かった。あとは『エロマンガ先生』を死ぬほどつまらないと思いながらめちゃくちゃ頑張って歯を食いしばりながら見ていたがあまりの苦痛に耐えかねて10話で断念したことや、当時はもちろんのこと今でもパチスロ等に全く関わりがないのに『ツインエンジェルBREAK』を深夜に偶然見てハマり(?)、前作の『快盗天使ツインエンジェル』も含めてツインエンジェルシリーズのアニメを全て見たりしたのはかなり深く印象に残っている。
 そんなこんなで2017年は中学時代の苦痛や親との揉め事を伴った引きこもり期間から解放され、とても牧歌的な引きこもり生活の中で様々な面白いものに出会う事が出来た。まだまだこの年に出会ったものについて記述出来ると思うが、締めどころを失いそう(もう既に失っているが)なのでこの辺で止めておくことにする。